とっておき!!TOKYO

東京のおいしい店、いい店、安い店。ここは私の“とっておき!!”と、日々の些細な物事に感じたことをご紹介する場所です。

【ねごと。】 好き勝手にやったN響。

   

N響に好き勝手にやらせたらこうなるかな、といった
感じの演奏でした。

エド・デ・ワールト指揮 NHK交響楽団の第九です。

今年のN響第九はサントリーホールでの公演を聴く
ことになり、選んだ座席はLAという舞台真横の2階席。

指揮者を斜め前から観ることができる特殊な席で、
日本初のヴィンヤード(ぶどう畑)スタイルである
サントリーホールならではのリスニングポイントです。

この席は最高でした。

視覚的に、指揮者や奏者の一挙手一投足にいたるまで
よく見えるのは当然としても、すべての楽器の音が
手に取るようにダイレクトに聴こえてきます。
誰がどこで弾いているのか、視線を向ければそこに
奏者がいるといった感覚です。


                                         (サントリーホールのHPより)

それでいて、全体の音はまるで塊となって宙に浮かんで
いるかのような、まとまった響きとして捉えることができる
のです。これには驚きました。

そういえば昔、このサントリーホールで井上陽水を
聴いたことがありました。座席はP。ステージの裏で
陽水の後ろ姿とつむじをじっと見つめ続けていました。
ときどき照れくさそうに陽水が振り向いてくれるのが
うれしかった。でもこのときもやっぱり響きは最高でした。

しかし、今年のサントリーホールでの「第九」。
N響の演奏としてはそれほど良かったとは思いません。

ワールトの指揮が打点(落下点)がはっきりしないもの
であったためか、演奏もそれにつられてわさわさ、
もじゃもじゃしたものになってしまった感がありました。

ベートーヴェンはアタックが決め手なのに、ばらける感じ。
通しの練習もあまりしていないのではないか、といった
乱れ方です。

また、ティンパニーがうるさすぎてドンガラガッシャンの
演奏になってしまったのも非常に残念でした。

しかも第三楽章から急に音が小さくなり叩き方もソフトに
なったのがさらに不思議で、それが指揮者の最初からの
意図によるものなのか、それとも前日までのNHKホール
との特性の違いを読み違えたことの修正だったのかは
結局謎のまま。後味の悪いティンパニーでした。

全体でいうと、エド・デ・ワールトならではの響きは感じられず
逆にN響らしい音の響きは随所に。つまり、ほとんどN響が
好き勝手に演奏したんじゃないかと思える内容でした。

もちろん、決して悪い演奏ではありません。個々の奏者の
能力において日本最高水準にあるN響ですから、その
響きは端正できらびやかで説得力のあるものでした。

でも、それ以上じゃなかった気がするのです。

「あのとき彼は指揮をしていたんじゃなく、ほとんど踊らされて
 いるだけだったんですって」。

ある若手指揮者に話を聴いたとき、彼は同世代の友人が
N響を指揮したときのエピソードを教えてくれました。

その友人は駆け出しではありません。クラシックファンなら
誰でも知っているほどの新進気鋭の若手。それでもN響には
“踊らされてしまった”というのです。

4年前、N響はクルト・マズアの指揮に従わず、第三楽章の
冒頭でタクトを投げ出されてしまったことがありました。

そのまま演奏会をキャンセルし、帰ることもクルト・マズアには
できたはずで、そうなれば世界に響きわたる大ニュースに
なったはずですが、彼は第三楽章をもう一度最初から
やりなおしてくれました。

しかしその結果、演奏は間違いなく最高のものとなり、
クルト・マズアの名声をさらに高めるものとなりました。
結果的にN響はクルト・マズアの意のままの響きを奏でる
“楽器”となったのです。

あの伝説の「第九」から4年。

率直に言って、エド・デ・ワールトはN響にとって”格下”。
少なくともN響はそう見ていたような気がします。

N響は、くみし易い指揮者ばかりを選ぶようになったの
でしょうか。

この文章は「とっておき!!のねごと。」からのものです。
http://www.totteoki.jp/negoto/

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